過去の企画展

河上龍三~作品と下絵と関連資料~

平成24年1月18日(水)~4月16日(月)まで
ギャラリートーク:1月22日(日) 14時~

河上龍三展チラシ画像

  本展覧会は、近代九谷の発展に大きく寄与した画工、河上龍三に焦点を当てたものである。
  今回の展示では、完成作品だけではなく、下絵や、絵具といった九谷焼製作には欠かせないその関連資料も取り上げる。
  龍三は、昭和3年(1928)12月14日、石川県加賀市熊坂町に生まれた。三男であるから龍三であり、これは本名である。石川県立大聖寺中学校(現石川県立大聖寺高等学校)を卒業後、昭和21年(1946)、加賀市内最高の水準を誇る九谷焼窯元北出塔次郎(青泉窯)が主催する「工芸美術石川塾陶芸科」へ入門する。実直な性格と類稀なる才能はすぐに開花し、昭和23年(1948)、同塾卒業後は、昭和42年(1967)に独立するまでの約19年間、塔次郎の片腕として活躍した。昭和32年(1957)の結婚以後は加賀市山代温泉八区に居を移し、昭和48年(1973)には現在の加賀市勅使町に工房を構えた。
  龍三の作風といえば、精緻な小紋つなぎを想像するが、これは人柄を反映するものでもある。各種陶芸展へは、昭和23年(1948)の中部日本工芸美術展をはじめ、東陶会展、関西綜合展、日展、石川県現代美術展、朝日陶芸展、加賀市美術展、日本伝統工芸展、日本陶芸展などへの受賞・入賞を重ね、昭和51年(1976)には日本工芸会正会員に認定された。 龍三の素地は、地元山代温泉の美陶園や、壽楽窯(当九谷焼窯跡展示館の前身)のものが多く、一部には同勅使町の東野製陶所や小松市内で製作されたものもある。
  作品の裏銘には、龍三の「龍」を抜き出したいわば「龍」銘が用いられているが、この裏銘によって作品を制作した期間は、独立後病魔に襲われるまでの10年未満であったため、この龍銘を伴った伝世品数は、けして多くはない。例えば、今回10枚ほど出品されている大平鉢(尺三寸クラス)では、月に一枚を制作したかしないかというから、生涯制作数(世の中に存在する数)の上限では100枚程度ということになる。つまり、当企画展示室には、龍三が製作した全大平鉢の10%程度が展示されていることになるが、このように、大平鉢に限らず龍銘を入れた作品は決して多くはないことから、九谷焼愛好家の間では垂涎の的ともなっている。
  今回の展覧会では、九谷焼の完成品はもちろんのこと、これまで触れられることの無かった未完成品(染付、墨当て)、下絵・スケッチブック、上絵具、上絵具を測る天秤、金箔、布目、型紙や、署名がされたままの空箱、箱書きに用いる硯箱一式、印鑑・朱肉、愛用の腕時計に至るまで、九谷焼製作に関った関連資料の一斉を展示する。
  特に完成品では、絶筆となった「松皮菱文大平鉢」や、「工芸美術石川塾」時代の陶筥などが注目に値する。この松皮菱文大平鉢は、昭和53年(1978)の第25回日本伝統工芸展の出品作であり、出品後に入院、9月頃に入院先で入選の知らせを聞き、それを喜んでいたものであるが、作品が巡回後に自宅に戻って来たのは亡くなる2日前であり、本人に封が開けられ確認されることは叶わなかった、絶筆作となったものである。また、陶筥は、世にある龍三作品のほとんどが「龍」銘であるのに対して、「龍三」銘となっており、作風と同時に銘確立の萌芽が見られるものである。
  今回は、未公開の龍三本人の写真(陶芸家仲間も含む)も数枚公開されるが、この中でも特に珍しいものは、昭和21年(1946)の「工芸美術石川塾陶芸科」のメンバーが写る集合写真である。右側に「工藝美術石川塾陶藝科教室」と書かれた看板があり、その後ろには「北出塔次郎、北出藤雄・・・」と書かれた表札もあることから、これは、北出塔次郎の自宅兼工房の前で撮られたものであることが判る。総勢21人が写るが、塾頭である塔次郎は孫の北出昂太郎を抱えて前列中央に座り、前列右端には若かりし頃の龍三がいる(18歳頃)。他には、同じ塾生であった北出星光、吉田荘八、戸出政志、越田健一郎、三ツ井成子、磯見忠志、武腰昭一郎、谷口某、新井某などが見られる。
  龍三は、昭和期九谷焼の牽引者として活躍している最中、多くの人に惜しまれつつ、昭和54年(1979)3月9日、50歳の若さで急逝した。本展覧会では、生涯を投じ、走りぬけた龍三の九谷焼製作に関する功績の一端を、作品と下絵とその関連資料を紹介することで、回顧、顕彰したいものである。

出品目録

No. 名称 制作時代 点数 所蔵
1 松皮菱文大平鉢(第25回日本伝統工芸展) 昭和42~52年 1 個人
2 波文大平鉢(第24回日本伝統工芸展) 昭和42~52年 1 個人
3 花文紫釉大平鉢 昭和42~52年 1 個人
4 兜文大平鉢 昭和42~52年 1 個人
5 花文黄釉大平鉢 昭和42~52年 1 個人
6 花文丸抜大平鉢(第6回新作陶芸展) 昭和42~52年 1 個人
7 葉脈文緑釉大平鉢 昭和42~52年 1 個人
8 毘沙門亀甲文大平鉢(第4回石川県工芸作家選抜美術展) 昭和42~52年 1 個人
9 蔦文大平鉢 昭和42~52年 1 個人
10 兜文平鉢 昭和42~52年 1 個人
11 捻子菓子鉢(寿楽素地) 昭和42~52年 1 個人
12 草花文輪花七寸皿 昭和42~52年 1 個人
13 どくだみ文大花瓶 昭和42~52年 1 個人
14 草花文大花瓶(第32回石川県現代美術展) 昭和42~52年 1 個人
15 花流水文大花瓶 昭和42~52年 1 個人
16 魚文大花瓶 昭和42~52年 1 個人
17 更紗文水指 昭和42~52年 1 個人
18 花文八寸皿 昭和42~52年 1 個人
19 西瓜文十二角皿 昭和42~52年 1 個人
20 陶筥(工芸美術石川塾時代) 昭和21~23年 1 個人
21 白椿文輪花小鉢 昭和42~52年 3 個人
22 ヤブコウジ文隅切角小鉢 昭和42~52年 1 個人
23 箸置 昭和42~52年 1 個人
24 鳥文小皿 昭和42~52年 1 個人
25 魚文手付鉢 昭和42~52年 1 個人
26 河豚文盃 昭和42~52年 2 個人
27 撫子文煎茶器 昭和42~52年 10 個人
28 鉢(染付素地) 昭和42~52年 1 個人
29 墨当り鶴首花瓶(白素地) 昭和42~52年 1 個人
30 鶴首花瓶(白素地) 昭和42~52年 2 個人
31 瓢形花瓶(白素地) 昭和42~52年 1 個人
32 瓢形下四方形花瓶(白素地) 昭和42~52年 1 個人
33 丸形香合(白素地) 昭和42~52年 2 個人
34 角形香合(白素地) 昭和42~52年 1 個人
35 八寸角皿(白素地) 昭和42~52年 1 個人
36 下絵・スケッチブック一式 ※ 昭和42~52年 1 個人
37 塔次郎下絵・スケッチブック(龍三が譲り受けたもの) 昭和42~52年 1 個人
38 下絵類バラ一式 昭和42~52年 1 個人
39 布目一式 昭和42~52年 1 個人
40 型紙一式 昭和42~52年 1 個人
41 金彩磨き(瑪瑙石) 昭和42~52年 3 個人
42 金箔を押すバレン 昭和42~52年 1 個人
43 金箔をはさむピンセット(竹) 昭和42~52年 1 個人
44 スケッチ用絵具一式 昭和42~52年 1 個人
45 上絵付け用絵具一式 昭和42~52年 1 個人
46 上絵具用天秤ばかり 昭和42~52年 1 個人
47 名前入り空箱(未出荷)一式 昭和42~52年 1 個人
48 名前無し空箱(控え)一式 昭和42~52年 1 個人
49 紐一式 昭和42~52年 1 個人
50 硯道具一式(箱の墨書用) 昭和42~52年 1 個人
51 印鑑(一つは自作、残り二つは篆刻家本馬氏制作) 昭和42~52年 1 個人
52 印泥 昭和42~52年 1 個人
53 愛用腕時計 昭和42~52年 1 個人

※目録No.36、37、38、39、40の「下絵・スケッチブック類コーナー」は、資料保護の為、照度を落としてあります。 なお、2/1(水)、2/15(水)、2/29(水)、3/14(水)、3/28(水) 以降、別の同資料に展示が替わります。

作品紹介:加賀市教育委員会事務局文化課 学芸員 中越康介

ページのトップへ戻る